Diary 2004. 10
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10月6日 (水)  ヤマンバ? マンバ?

昨日の夜、近くを歩いていると郵便局の前に
女の子3人が、地べたに座り込んで話をしていた。

ジベタリアン。
この言葉も、もう死語のような気がしないでもないが
地べたに座って若い子達が、話をするのは今に始まった事じゃないんでしょうね。

その女の子達を、ちらっと横目でみると
防犯灯の薄明かりのなかでも、ちょっと違和感がある
顔が黒い・目の廻りがパンダのよう・口が耳まで裂けてるみたい
ちょっと前にはやった、ヤマンバは黒地に白
今のマンバは、黒地に黒?
(マンバって言葉自体、正しいのかどうかの管理人ですが・・・)

むか〜〜し むかし
織田信長がやっていたと言われる かぶき と同じなのかな。
若いときには、枠にはめられたくない、ちょっとした反抗なんですかねぇ。

妻に言わせると「しみになるのになぁ。」

若いとき、年上の人から言われても分からないのが
これまた、おもしろい人生なんでしょうね。

ということで、三日坊主はクリアー。 


10月5日 (火)  7月はじめ

暑い盛りの7月はじめに、徳島・池田の法務局に用事があって行ってきた。
せっかく来たのに、とんぼ返りもなんだなぁってことで、まだ行ったことのなかった大歩危・小歩危へ・・・
昔は大変な秘境だったようで、お遍路さんも苦労したらしいけど
今は、さほどでもないような(左の写真)
写真ではわかりにくいが、確かに、のぞき込むと暑さを忘れさせてくれる。
(真ん中の写真)黒沢湿原(くろぞうしつげん)
法務局・池田出張所の横から車で、くねくね くねくね かなり昇ったところにやっと出現。
とは言っても、時期がわるかった、7月は こけとか なんとか草ばっかり。今の時期(10月)だと、綺麗なお花が咲いてるんだろうな。しかし、なにかしら 気分のいい プチ旅行が出来ました。
(右の写真)あの時も、妖精たちはいたんですね。

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10月4日 (月)  イチロー 

終わってみれば 262安打。
あれっ もう、いままでの記録が何安打だったのか忘れてる。

そうそう 257安打。5本も多い。

これ思うに 84年間 どれぐらいの選手が 挑戦したのだろう? 近くまでいった人は かなりいるんだろうか?
(それを、調べる気力なし・・・管理人)

でも、すごいことなんだよね。

それと、テレビを見ていると
コメンテーターだか、誰だか、分からないけど
「大リーグのピッチャーは、敬遠しないです」(きっぱり)
国民性なのかな? 他民族国家だからかなぁ?
そう言えば昔、王選手の年間ホームランの記録を
外国人選手が塗り替えそうになったとき、敬遠・敬遠で
結局ダメだったことがあった。(誰だったか、忘れたけど)

オリンピックにしても、ボクシング世界戦にしても
日本人が勝つと、嬉しいのは、体の中のどこを
くすぐられているのだろ?




10月3日 (日)  散歩と運動会

午前中、2歳になる愛娘を連れて散歩に出た。
曇り空のせいもあってか肌寒い。長袖のシャツを着た。

2歳の子供の歩く速さに合わせているので、ゆっくりゆっくり

だいぶ歩いた所で、なにやら賑やかな音楽が鳴っている。
そこから人々の出入りもはげしい。
すぐにピンときた。小学校の運動会だ。

誰といって、知った子のいない小学校だが、覗いてみた。
丸太棒を3〜4人で持って順番に走る競争をしていた。
その次は、PTAと卒業生混成の綱引きだ。
校庭が狭いので、端っこのほうは校舎にぶつかりそうになりながら頑張っていた。

その間、2歳の娘を持ち上げてみせていたので、これでやっと
体がほかほか熱くなってきた。
12キロ以上あるんだから、15分もそうしていれば 当然か。

帰りは、「だっこ、だっこ」とせがんでいたが、なんとかごまかして、家のすぐ近くまで歩かせた。
仕方なくだっこしたとたんに、向こうの方にママが見えると
さっと降りて、たったったっと、行ってしまった。
まだまだ、元気だったのね。とほほ。


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